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2004-2005年度LL.M.在籍 Sさん [卒業生より]

 ナッシュビルはカントリーミュージックの聖地であるらしく、ダウンタウンには気楽に入ることのできるカントリーバーが軒を連ねており、陽気で素朴な街である。天候については、夏の夕方にバケツをひっくり返したような土砂降りがあること以外はおおむね良く、過ごしやすい。また、自動車で大学から20分も走れば森林の広がる自然の豊かな場所でもある。なお、ナッシュビルの隣町メンフィスは、ロックンロールのキングことエルビス・プレスリーの邸宅があり、アメリカを訪れる場合には見逃せないポイントである。
 バンダービルト大学はキャンパスがとても美しく、学生たちはいかにも良家の子女といった風であった。ロースクールは、私が在学した2005年当時、JD一学年約200名、LL.M.13名と比較的小規模であり、事務局のスタッフはいつも気軽に学生に声をかけてくれるようなアットホームな雰囲気であった。特にLL.M.担当のシンシアはとても親切で、生活の立ち上げ時には有益なアドバイスをくれたり手を貸してくれたりしたし、学外でのトラブルに際しても親身に相談に乗ってくれた。慣れない外国生活においては、このような方の存在は極めてありがたかった。
 バンダービルトロースクールのLL.M.プログラムでは、LL.M.の学生全員が必修のアメリカ法の基礎及び論文の書き方を学ぶゼミのほか、ロースクールが提供する講義の中から選択してJDプログラムの学生とともに受講する。また、LL.M.取得要件としてダブルスペースで40ページから70ページ程度の論文作成が求められていたが、これはとても苦労した分、よい思い出となっている(なお、次の年から論文作成は任意に選択できるようになったようである。)。
 秋学期に受講した刑事手続法の講義は慣れない英語での講義になかなかついてゆくことでできず、教授へ相談したところ、教授から「理解できたことをノートにまとめて毎週自分のオフィスへ来て復習してはどうか。」との大変ありがたい申し出があり、そのようにすることとした。理解したことをノートにまとめ、毎週のOffice Visitの際にその内容について議論する作業は大変であったが、そのおかげで授業内容の理解が深まったことはもちろんのこと、授業の内容を越えて日米捜査機関の権限比較やその歴史的沿革などに議論が及ぶこともしばしばであり、とても有意義な時間であった。秋学期は膨大な量の予習に圧倒されてばかりであったが、クリスマスを過ぎた頃から自分のリスニング能力が向上してきたことを実感できるようになり講義にもしっかりとついてゆけるようになるに伴って、ロースクールでの勉強もとても楽しく感じられるようになった。
 前述のとおり、バンダービルトロースクールでは私の在学時はLL.M.取得要件として論文作成が求められており、この論文指導のため、LL.M.学生のひとりひとりに指導教授が割り当てられていた。そのため、ロースクール入学直後から、この指導教授のオフィスへ気楽に立ち寄って、論文の件のみならず、いろいろな話をすることができた。このように、教授との距離がとても近いことが、バンダービルトロースクールの長所である。私はドナルド・ホール教授が指導教授であったが、教え方、人間性、学生に対する愛情ともに抜群の最高の先生であった。私はバンダービルトでこの先生のもとで勉強することができただけでも、本当にバンダービルトに来たかいがあったとつくづく感じたものだった。ロースクールでは、学期末に学生の投票をもとにして、教え方の優れた先生に賞を贈る制度があったが、ホール先生は何年も連続でこの賞を授与されており、とうとう私が卒業する直前には、その賞そのものの名前にホール先生の名前が冠されるとともに、先生の肖像画がロースクールに飾られることとなった。そのような素晴らしい教授に懇切に指導していただけたことをとても感謝している。教授はあと数年で定年退職するとおっしゃっていたのであるが、まだまだ学生のためにがんばっていただきたいものである。
 バンダービルトのLL.M.は13名と小規模であったので、自然に留学生仲間の結束は強くなり、週末は毎週のようにバーベキューやホームパーティーなどで楽しんだ。世界各国から来た留学生仲間との語らいの中で感じた人生観や価値観の違いやそれぞれの国での生活振りの違いは新鮮な発見であったし、なかには人種や言葉、年齢の壁を越えて親友と思えるような人とも出会うことができ、彼らと過ごした楽しいひとときは留学生活をより豊かなものとしてくれた。


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