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J.D.攻略法その3 出願過程編--甘くないJ.D.受験の世界 [J.D.攻略法]

 前回お話したように、J.D.受験には、GPA、LSAT、エッセイ、レジュメ、推薦状3通が必要です。GPAはいまさらどうしようもなく、LSATではなんとか挽回。そんな私にとっての課題は、エッセイでいかに独自性を出すか、そしてどの学校に応募するか、ということでした。その二つの課題を同時に解決するために私がとった行動は、10月のLSAT受験直後のキャンパスビジットでした。

(1) キャンパスビジット--百聞は一見にしかず

 LSAT受験を終えた私は、その足で成田空港に向かいました。実は遅い夏休みを2週間とっていたのです。それは、一週間かけて東海岸・中西部の学校を10校訪問するという強行軍のキャンパスビジットのためでした。ニューヨークのJFKで一泊した後、当時友人がLL.M.に通っていたコーネルのあるイサカに向かい、そこからフィラデルフィア(ペンシルバニア)、アナーバー(ミシガン)、D.C.(ジョージタウン、ジョージワシントン、アメリカン)、ダーラム(デューク)、セントルイス(ワシントンセントルイス)、そしてボストン(ハーバード、ボストン)を旅しました。

 訪問する学校を選んだ基準は、日本人になじみが深いこと、知人がいること、日本法専攻の教授がいることなどです。実はこの時はまだバンダービルトという学校のことはほとんど知らず、受験するつもりもありませんでした。西海岸の学校が含まれていない理由は、かつて旅行中にUCLA、スタンフォード、バークレーに立ち寄ったことがあり学校の雰囲気を知っていたことと、日程の都合です。

 あらかじめ各校のアドミッション(入学審査室)にメールでアポイントをとっておいて、入学審査官に会っていろいろと質問しました。特に、この時点ではLSATのスコアが出ていなかったので、外国人に対するハンディ(ゲタ)はあるかを確かめました。回答は学校によって多少異なるものの、基本的にはJ.D.はあくまで米国人向けなのでゲタは無いとのことでした。ただ、外国人にとってLSATが難しいことはわかっているので、高得点をとった場合には達成能力が高いという項目で評価するという回答もありました。

 J.D.受験に面接は含まれていないので直接の合否には関係ないのですが、遠く日本からやってきたことをアピールして、とにかく自分を印象付けようとしました。中には大変親切な人もいて、ちょっとお前のレジュメを見せてみろといって、ここをもっと詳しくとか、こことそこを入れ替えて、などとアドバイスをしてくれた審査官もいました。逆に、学校名は書きませんが、あからさまに忙しそうにして、私の質問事項に対して、そんなことはホームページに書いてあるでしょ、などという人もいました。

 卒業後は日米間のビジネスに興味がありましたので、日米の法律を熟知している日本法専攻の教授にもお会いしました。ワシントンセントルイスのHaley教授、ミシガンのWest教授の両教授には、知り合いのつてでアポイントをとりました。ペンシルバニアのFeldman教授はアドミッションから日本人が来ていることを聞いて、ぜひ話を聞きたいと仰ってくださいました。その他の学校でも、興味のある授業が行われている場合は、アポなしで教授に直接お願いして聴講したりもしました。

 知り合いのいない学校でも、英会話の練習だと思って、カフェに座っている学生などに、学校を選んだ理由や勉強の大変さなどの話を聞いてみました。もしキャンパスビジットをしようという方がいらっしゃったら、とにかくいろいろな人に会って話をすることをお勧めします。アポイントを取るに越したことはありませんが、キャンパスビジットというのは米国では通常のことで、スタッフ・教授・生徒たちはビジットしてくる学生の扱いに慣れていますから、失礼にならない範囲で、アポ無しでもアタックしてみるべきです。一日の体験でその学校についての全てを語ることはできませんが、アドミや教授の対応の仕方、学生の雰囲気など、学校ごとにかなりの違いを実感することができました。

 帰国後、キャンパスビジットでの体験をエッセイに盛り込みました。特に、なぜその学校で学びたいのかという問いに対して、お会いした教授の下で学びたい、出会った学生がこんないいことを言っていたなどと、かなり具体的な回答をすることができました。ただし、こうした努力がどれだけ実ったのかは、少なくとも私個人に限って言えばわかりません。と申しますのも、訪問した10校のうち、結局応募しなかった学校や、もしくは恥ずかしながら落ちてしまった学校がほとんどであるからです。しかし、モチベーションが上がったり、文献や伝聞ではわからない生きた情報が手に入ったりしますので、是非学校を自分の目でみることをお勧めいたします。

(2) 受験校の選定基準--LSAT/GPAと就職したい場所

 私の経験や同級生の話などを総合すると、受験校を選ぶ際に考慮するべきは、自分のGPA/LSATのスコアと、卒業後に就職したい場所、の2つです。まず、前回お話したABA出版のガイドと自分のGPA/LSATのスコアを照らし合わせ、学校を三つのレベルに分けます。すなわち、①非常に可能性が低い「賭け」の学校(GPA/LSATが合格者の25%以下)、②十分可能性のある「五分五分」の学校(同25%~75%)、③非常に可能性の高い「押え」の学校(同75%以上)、の三つです。それぞれのレベルについて、就職したい場所を考慮しながら二・三校ずつ選ぶ、「ポートフォリオ方式」がベストだと思います。

 USNewsランキングのトップ10の常連の学校であれば、よほど悪い成績を取らない限り、米国全土どこでも就職は可能です。これがトップ10よりも下からバンダービルト(ランキング17位)くらいまでの学校になると、NY・DC・LAなどの大都市の大規模事務所に就職するためには、良い成績をとったり、課外活動で大きな成果を残したりするなどの条件が必要になってきます。さらにランキングの低い学校になると、トップクラスの成績をとったとしても、上記のような就職は難しくなってきます。

 ところが、ここで「就職には地元の学校が有利」の法則が出てきます。たとえばNYの大規模事務所に就職しようと思ったら、ランキング20位~30位ぐらいの学校にいくよりも、NYにあるセントジョン、ブルックリン、オルバニーといったランキング下位の学校のほうが、はるかに可能性が高いのです。その理由は、オンキャンパス・インタビューと言って、弁護士事務所が学校を訪問して一次面接を行う慣行から来ています。訪問先として事務所が選ぶのは、トップ校に加えて、地元の学校なのです。私が夏にインターンとして過ごしたNYの2つの弁護士事務所には、上記の地元の学校のトップ5%程度の学生が相当数いました。オンキャンパス・インタビューについては、就職活動のお話をするときに詳しく述べたいと思いますが、バンダービルトには全米弁護士事務所ランキングトップ50のほとんどの事務所が訪問しています。

(3) 進学校の選定—失敗と成功—なぜ私がバンダービルトを選んだか?

 実は、「ポートフォリオ方式」なるやり方を偉そうにご説明してきたのは、私の失敗に基づいています。私はそれぞれのレベルの学校を選ぶことはせず、LSATの成功に気を良くして、「賭け」のトップ10の学校「のみ」(イェール、ハーバード、スタンフォード、コロンビア、NYU、シカゴ、ミシガン、ペンシルバニア、バージニア、バークレー)に応募してしまったのです。自分のGPAを冷静に考えれば可能性が非常に低いことは明らかでした。しかしその当時は、周囲に対する見栄と、実務経験があるのは珍しいし、LSATも外国人としては非常に高いから評価されるだろうという勘違いで、自分を見失っていたのです。また、阿川さんの「アメリカン・ロイヤーの誕生」によると、LSATがそれほど高くなかった阿川さんが、ミシガン・コロンビアといった学校にも合格されていました。しかし、阿川さんは私よりもはるかに高いGPAをお持ちだったでしょうし、日本という国自体が注目されていたという時代背景もあると思います。

 その結果、私の元には次々と不合格通知が舞い込んできました。不合格通知には、「I regret…」から始まって、今年度は有望な受験者が多く、あなたの経歴も非常にユニークだが非常に残念でなんたらかんたら、というどうでもよい定型文が載っています。封筒も薄っぺらいので、開く前に結果がわかってしまいます。1月中には、ウェイティングとなったコロンビアとペン、そして結果の来ていないミシガンを除いた全ての学校から、薄っぺらいお手紙を頂いてしまいました。

 LSAT受験、キャンパスビジット、願書作成といったいままでの努力が全て水の泡に思えてきましたが、落ち込んでいる暇はありませんでした。私は2004年度にどうしても留学しなければならない事情があったので、その状況をなんとしても打開しなければいけませんでした。そこで不穏な空気の流れ始めた1月の末に、学校の範囲を広げて、いまさらながら「五分五分」や「押さえ」の学校に応募しました。このときに、バンダービルトにも応募したのです。なぜバンダービルトに応募したのかは記憶が定かでないのですが、よく知らないけど結構ランキングが高いし、田舎でのんびりしていてよさそう、というイメージがあったのだと思います。

 LSAT/GPA(特にGPA)の数値から言うと、バンダービルトも「五分五分」と「賭け」の間、どちらかというと「賭け」に近い学校だったのですが、なぜか一週間で合格メールが届きました。このとき初めて、ああ合格通知はメールで来るのか、と知りました。あまり良く知らない学校でしたが、とにかく自分を評価してくれたことが嬉しくて、とたんにバンダービルトのファンになりました。コンタクトしてきたアドミッションや、紹介してもらったLL.M.の在校生・卒業生の方たちもみな親切でした。合格通知をもらった日から、毎日学校のHPを見て研究し、自分がキャンパスを歩いたり自転車で走ったりする姿を想像しました。

 その後、幸いなことに他のいくつかの学校からも合格通知をいただき、特にバンダービルトとワシントンセントルイスの間で悩みました。どちらも中規模都市にある、ロースクールとしては少人数のアットホームな学校という印象でした。ワシントンセントルイスには日本法の大家のHaley教授もいらっしゃり、大変難しい選択でした。最終的な選択を決めた理由は、バンダービルトが最初に合格通知をくれたことと、知り合いの米国人弁護士の「どちらもいい学校だが、バンダービルトのほうが全国区としての評価は高い」という言葉でした。
  
 さて、とにもかくにもJ.D.に留学できることが決まりました。そこでふと考えたのは、「本当にJ.D.でやっていけるのか(いや、やらなければならない)」ということでした。J.D.挑戦を考えていらっしゃる方々も、同じ疑問を持たれることと思います。J.D.で2年半以上をすごした今の私が言えることは、「留学経験の無い日本人でも、決して易しくはないが、やってできないことはない」ということです。そこで、次回からはそんな私の体験を、入学前の準備段階からお話ししていきたいと思います。


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